HAMA MAIL
HAMA-JIN interview 13

up date 2007年8月
内容は発行当時のものです。
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山崎洋子(やまざきようこ)さん

<プロフィール>

1947年京都府生まれ。コピーライター、児童読物作家、脚本家を経て小説家に。1986年『花園の迷宮』(講談社)で第32回江戸川乱歩賞を受賞。代表的著書として『天使はブルースを歌う』(毎日新聞社)、『ヴィーナス・ゴールド』(毎日新聞社)他多数。小説、エッセイ、ノンフィクションの他、戯曲・演出でも活躍中。



冬桃宮

http://home9.highway.ne.jp/FUYUMOMO/


開港150周年記念事業イベント創造プラットフォーム
電話&fax 045-662-8231


ホームページ ペリーの鼻

 http://www.kaikou150.jp/index.html


山崎洋子さん interview



「色々な形で“横浜”に関わって行きたい」


さまざまな脚本や小説を世に送り続けている山崎洋子さん。2009年に迎える横浜開港150周年の事業の1つ、開港150周年記念事業イベント創造プラットホーム運営委員会の委員長に就任されました。作品を通して伝える横浜や、活動で関わっていく横浜についてお話を伺いました。


HAMA MAIL編集部(以下HM):ご出身は京都ですよね?

山崎さん:京都市内ではなく海側の宮津市というところです。関東に出てきたのが14歳の時で、その後は東京と神奈川を行ったり来たりしていました。30年くらい前に緑区に越してそこに長くおりましたが、その前にも日吉や根岸に三年間ずつくらい住んでいました。現在の南区へ引っ越してきたのは一昨年の秋。だから横浜の住人になってからは長いですね。

HM:なぜこの南区に住もうと思ったのですか?

山崎さん:私は関西の田舎で育ったものですから、横浜という街に子供のころから憧れていました。戦後すぐに生まれた団塊世代なのですが、当時は日本がまだ貧しかった時代。欧米の明るさや華やぎは憧れでした。そのせいで翻訳もののミステリーを沢山読みましたね。港があって、外国船が出入りしていて、素敵なホテルがあって、外国人がたくさんいて…日本ならどこだろう、そうだ、横浜がそうに違いないと……。それで横浜は憧れの街になりました。 でも憧れていた街だからこそ、住むとなるとすごく敷居が高かったですね。私が横浜になじんできたのは、ここ10年くらいのこと。最初の頃は、元町を通る時も「いつかこんな所で買い物ができるようになるのかしら」なんて思いながら、うつむき加減でトトトッと走り抜けたりしたものです。 そんな私を見ていた友人が「山手じゃなくて下町が合うよね」と判断し、引っ越すなら南区にと勧めてくれたのです。交通、買い物、どちらの良く、満足しているのですが、緑が少ないのが残念です。周辺ではアジアの言語が飛び交っています。そういう点でもたいへん横浜らしい場所です。

HM:横浜を題材にした作品が沢山ありますね

山崎さん:最初の頃は、私みたいな田舎者を横浜は受け入れてくれないんじゃないかという不安がありました。でも野毛の大道芝居に十年間ほど参加した事にで、横浜が急速に身近なものになっていきました。私も横浜の住人になったんだなあ、と思えるようになったのはそれからです。 南区の真金町という所にあった遊郭を舞台にした「花園の迷宮」というミステリーが私のデビュー作です。横浜が好きだから横浜を舞台にしたものを書いていたのですが、「天使はブルースを歌う」というノンフィクションを書いた時、多くの方に取材し、後の付き合いにつながりました。例えばメリーさん(※)が横浜の人にとっては当たり前の事でも、よそ者の私にはたいへん興味深い存在です。「天使はブルースを歌う」では、彼女のこともかなり取材して入れました。

HM:取材をしていく中で、人との輪が広がっていくんですね

山崎さん:東京では、こうはいかなかったと思いますが、横浜は1人と知り合うと、あっという間に10人くらいの人と知り合っていたりします。大道芝居では、年に1回集まって2週間ほどを家族のようにびっちり一緒に過ごすのですが、本名も職業もあまり関係ない。名前は役名で呼び合ってたりします。そのことになんの違和感もないのは、やはり横浜が開港以来、国の内外からいろんな人を分け隔てなく受け入れてきた歴史を持つからでしょう。これが港町の魅力でもあります。


HM:イベント創造プラットホーム運営委員会の委員長に就任されました

山崎さん:今回の開港150周年は、市民による企画、活動を中心に開催しよう、というコンセプトがあります。横浜市民ではあっても、市民活動などはしたことがない、という人も、これを機会に、ぜひ街に関わり、私がそうであったように、「自分は横浜の人間なんだ」という感覚に目覚めていただきたいと思っています。お祭りは観てるより参加した方が絶対に楽しいですから。
この組織は、そのお手伝いができたら、ということで設立されました。すでに活動を始めています。今年6月の開港祭では、イベント創造プラットホームでボランティアの方たちに参加して頂き、ごみの分別を行いました。 150周年という節目に、何か発表したい、何かに参加したいと思われる方は、ぜひイベント創造プラットフォームにご連絡下さいね。
また、持ち込まれた企画だけではなく、イベント創造プラットホーム自体のプロデュースでも、いろいろなことを実現させていきたいです。例えば、先日横浜市水道局の伐採ボランティアに参加してきました。山梨県の道志村というところが横浜の水の水源地なのですが、森を一番いい状態で保つために木を間引きしていきます。伐採された木は、これから育つ木の栄養になったりするのですが、数が多いので無駄になっている木もあります。この木を使い、市民参加でベンチやプランターを造ったら、と考えました。楽しいし、資源の有効利用にもなります。ぜひ実現させたいですね。
また、最近、個人的に「海を作る会」という市民活動グループに入会しました。このグループは長い活動歴を持ち、山下公園の海底清掃なども行っています。いま私が参加しているのは、アマモ場の再生。アマモというのはイネ科の植物で海草の一種です。遠浅の海に茂り、アマモ場という群落を形成します。そこは魚や貝の産卵場、さらには稚魚や稚貝の隠れ家にもなるので、生物層を豊かに産み育てる場になるのです。埋立によってアマモ場は激減しました。それを再生しようと、金沢区にある野島海岸などに植生しています。これも大人から子供まで誰でも参加できる活動です。

HM:横浜の街の移り変わりについては

山崎さん:「横浜は古いものと新しいものが混在している街」とよく言われます。そのイメージを保つためにも古いものを保存し、有効利用していくことが大切でしょう。本牧のあたりが海だったといっても、今では想像できません。形がなくなったものでも、書物、映像、舞台などを通じて、その存在を残していく努力は絶対に必要ですね。

HM:今後の活動について

山崎さん:アナウンサーや音楽家など様々なジャンルの人たちがコラボレーションして、横浜の歴史を伝える朗読音楽ライブ「横濱夢語り」という催しがあります。わたしもこれに脚本家として参加し、根岸外国人墓地にまつわる秘話や横浜元町のフレンチ・レストラン「霧笛楼」のオリジナルカレーが出来るまで、などを紹介してきました。今年10月には開港記念会館で60〜70年代にかけての本牧の青春を描いたものを、朗読と音楽で上演します。。また五大路子さん主演の横浜夢座の脚本を何度か書いていますが、数年前に上演した「奇跡の歌姫・渡辺はま子」の改訂版「LETTERS」を今年11月に上演します。いろんなものを通じて、楽しく、わかりやすく、横浜を知っていただきたいと思っています。ぜひいらしてください。



※白く塗った顔と貴族のようなドレス姿で戦後50年間、娼婦として名を馳せた老婆。横浜の街にひっそりとたたずんでいた女性は、ハマのメリーさんと呼ばれていました。

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